この記事は、つぁいにゃお氏企画の the 言語 Advent Calendar 2018 に寄せたものです。
【第1回「音」編】12月2日 ←今回
●はじめに
●お洒落は足元から、言語は音から!
●音韻論を使って上手な手抜き。
●並べ方でバシッとキメよう!
【第2回「形」編】12月9日
【第3回「人」編】12月12日
●はじめに
こんばんは!兎月くみ Kumi Togetsu です。
今回は『the 言語 アドベントカレンダー』の12月2日を担当します!
さてさて、世間では人工言語(芸術言語、conlang)の創作というのが盛んに(?)行われていますね。
個人レベルの趣味として、あるいはトールキンの「指輪物語1」などの小説、「アバター2」や「ゲーム・オブ・スローンズ3」といった映像、「アルトネリコ4」のようなゲームに登場する言語として、またエスペラントやイドといった国際補助語として…様々な界隈でオリジナルの言語が作られています。
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私自身も趣味で言語創作をしています5!Twitter などには「人工言語クラスタ」も存在しているらしいのですが、私は殆ど関わりがありませんので内情は把握しておりません…悪しからず。
架空言語は、自身の作品の世界観(誤用)をぐっと深めるツールとして非常に有用です!
しかし、言語学の知識が無いことで自信が持てなかったり、尻込みしてしまっているクリエイターの方々も沢山居ると思います。確かに知識による裏打ちが無い言語は、得てして低クオリティだったり、何かの真似事だったり、その場限りのスキャットだったりしがちです。
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さてさて、前置きが長くなりました。
この記事では YouTube の Artifexian というチャンネルの動画(英語)を並べつつ、みなさんの創作に役立つような、言語学の基礎分野をなるべくカジュアルに6お伝えできればと思っています。
Artifexian の Edgar 氏は、天文学や地学の知識をベースにオリジナルの世界作りの方法を動画化しています。言語に関しても同様で、人工言語作りのプレイリストがあり、私も多くの点で彼の手法に同意しています。
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特に言語学に明るくない人(以下、便宜的に「初心者7」とします)でも、ポイントを押さえた創作によってクオリティは格段に向上するでしょうし、今後何を自主的に学習すべきがが見えてくるのではないでしょうか。
第1回は「音」に着目していきます。
●お洒落は足元から、言語は音から!
アプリオリ言語8を考案する上でまず大切なのは「音を選ぶ」こと。世界の言語には多種多様な音がありますが、ひとつの言語が使う音素 (phoneme) の数は限られています。
(こちらの動画では、言語創作における音の考え方について紹介しています)
Edgar 氏はこれを「絵画における色使いのようなもの」と表現しています。あまり少なすぎると単調な、多すぎると煩雑な言語が出来上がってしまう9のです。
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さて、初心者にとって問題となるのは「音声学」(phonetics) のハードルが高いことです。
音声学では、主に IPA(国際音声記号)など10を用いて音を解釈していきます。IPAチャート (pdf) では、口の中の「どの部分で11」、また「どのような方法で12」調音する音なのかが示されています。
しかしながら、これを覚えて使いこなすのはなかなか大変です。そのうえ頭では理解できても、実際の調音となると話は別13です。
なので、ここに非常に簡略化した子音のチャートを示します。

これは英語をベースにしたもので、比較的馴染みのある音だけ14を載せてあります。
くれぐれもこれを正式なものだとは思わないでくださいね!かなり端折っていますし、便宜的にズレているものもあります。
さて、ここで初心者が最低限覚えるべきことは次の3点です。
・列(縦軸)が同じ子音は、調音の「場所」が同じ
・行(横軸)が同じ子音は、調音の「方法」が同じ
・スラッシュの左右は「無声」(清音)と「有声」(濁音)のペア
ではこの表を理解することで一体何ができるのでしょう?
実は、創作世界の設定を言語に反映させるときに、とてもとても役立ちます。
例えば、唇の無い種族(鳥人?)の言語では、一番左の列の音が使えなくなることが判ります。また、鼻の無い種族の言語ならば、一番上の行は無くなります。
あるいはそこまで極端でなくとも、 [p] も [b] も [t] もあるのに [d] が無いといった不自然を避けることができるのです。
母音についても述べたいところですが、今回は割愛します。母音は「口の開き方」や「舌の位置」のほか「口の丸め方」といった要素が影響を与えます。異種族の言語を創作する際にはよく注意してみると良いでしょう。
●音韻論を使って上手な手抜き。
さて、いくら単純化したとはいえども、音声学を極めている時間はありません。
そこで私たちが取るべきは「音韻論」(phonology) からのアプローチになります。
音韻論が音声学と違うのは
「音声学が言語音の物理的側面に焦点をあてるのに対し、音韻論では言語音の機能面に着目して抽象化をおこなう」(Wikipedia)
という点です。
ん…ちょっと意味が解らない?では、よく引き合いに出される例を紹介します。
日本語の話者は、日本語の「ん」を /n/ というひとつの音素だと解釈しています。しかし実際の音声を分析すると、日本語には(どんなに少なく見積もったとしても)[m] [n] [ŋ] [N] と最低4種類15以上の「ん」が存在していることが分かります。
とはいえ [n] を [ŋ] と発音したところで、日本語の運用上(多少不自然ですが)何ら問題はありません。というのもネイティヴはそれらを区別していないからです。
このように「実際に鳴っている音」([m] [n] [ŋ] [N]) ではなく「その言語が最低限区別している音」(/n/) だけについて考えるのが音韻論です。
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とにかく、まずはあなたの言語における最低限の「あかさたなはまやらわ」を作ってください。
いまいちピンと来なければ、日本語や英語で使われている音素を簡単に書き出して16みましょう。
それを増やしたり減らしたりして、あなたの創作の設定に合わせた理想の体系を作ります。
(言語系 YouTuber の Xidnaf 氏と共に、自身の言語で使う音を選んでいます)
このためには、その言語の話者たちについて嫌というほどイメージをして17、自分自身でも死ぬほど発音してみる18必要があります。Edgar氏も、とにかく “iterate! iterate! iterate!19” だと言っています。
まとめると、
・最低限必要な音の区別を「音素」として書き出す。
・何度も繰り返し発音して、欲しい音を厳選する。
ということです。
●並べ方でバシッとキメよう!
音を選んだら、いよいよ単語や文法…と思っている人は多い20はず。しかしながら、絶対に忘れてはいけない作業が残っています。そしてこれを軽視すると、言語のクオリティがガクっと下がります。
それは「音素配列」(phonotactics) を定めることです!
音素配列というのは、先ほど厳選した音素を「どのように並べるか」というルールのことです。
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まずは C(子音)と V(母音)という表記を覚えてください。これは言語の「音節」の構成を示す方法です。音節というのは「ひとつの母音と、その前後の子音を合わせたカタマリ」のことです。
そうした音節が集まってひとつの単語が出来上がります。
例えば
日:a – na – ta → V – CV – CV
英:my – self → CV – CVCC
のように分けられます21。
日本語は殆どの音節が CV つまり「子音ひとつ+母音」で構成されています22が、英語ならば CCCVCCC のような音節も一般的23です。
このように、ひとつの母音の前後に「最大でいくつのCを許容するのか」を決める必要があるのです。
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では仮に CCVCC と定めたとしましょう。
CC の部分ではふたつの子音が結合しますが、どんな子音を入れても大丈夫という訳ではありません。
英語の場合、例えば trans や craft などが CCVCC にあたります。
では、これらの CC 部分の前後関係を入れ替えて rtasn や rcatf と並べてみたらどうでしょう?
発音がとても困難になったと思います。
これは主に子音の「聞こえ度」(sonority) によるものです。
音素には「良く響く」音と、そうでないものがあり、大まかに「母音 > 接近音・鼻音 > 摩擦音 > 破裂音」という順でよく聞こえます。
一般的に音節の中心(の母音)に向かって、聴こえ度が山を描くように並ぶことが多いです。
つまり t-r-a-n-s ならば「破裂 < 接近 < 母音 > 鼻 > 摩擦」といった綺麗な山になっていたのに対して、r-t-a-s-n ではそれが崩れてしまっていたために、おかしな発音に聞こえたのでした。
(音素配列について詳しく解説している動画です)
音素配列については
・1つの音節に最大でいくつのC(子音)を並べられるかを決める。
・音素の「聞こえ度」が中心の母音に向かって山型になるように並べる
という点をしっかりと押さえておきましょう。
もちろん自然言語においても例外は沢山あります24し、創作の際には敢えてこのルールから外すことによって、言語に個性を出すことができるかもしれません!
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さて、4500字超の長い記事になりましたが、「音」についての基本的な部分はお伝えできたかと思います。
これまで当てずっぽうに創作をしていた方は、まずこれらのポイントを押さえてみてはいかがでしょうか?
次回は「形」について考えていきたいと思います!
ではでは。
- 特にエルフのシンダール語 (Sinderin) やクウェンヤ (Quenya) は有名。ISO-639-3言語コードまで取得している。
- 原住民の話すナヴィ語 (Na’vi) のファンサイトなども多い。
- 高地ヴァリリア語 (High Valyrian) は duolingo でも学べる。
- 大人気のヒュムノス (hymmnos) が知られる。
- http://www.lianiis.com を参照。詳細は12月22日の記事で紹介の予定。
- 典拠?論拠?そんなもの知らないにゃ。
- 中国語では菜鳥 (cainiao) というが、つぁいにゃお氏は玄人。
- 1からオリジナルで作る言語のこと。対義語は「アポステリオリ」で、エスペラントなど既存言語をベースに作られているもの。
- 過ぎたるは及ばざるが如し。
- いわゆる発音記号の類。
- place of articulation
- manner of articulation
- 試しに喉頭蓋破裂音[ʡ]でも発音してみなさい。
- ちなみに [l](エル)は「歯茎側面接近音」といい、厄介なので表には入れなかった。
- 「あんぱん」「あんた」「あんこ」は全部違う。
- 日本語なら a,i,u,e,o,k,g,s,z,t,d,n,h,b,m,y,r,w(訓令式ローマ字)
- すると、上司や先生の話を聞いていなくて怒られる。
- すると、通行人や同居人から訝しげに見られる。
- 繰り返し!繰り返し!繰り返し!
- 経験的にそう。
- 音節に分けるには、少々知識が必要となる。ちなみに日本語は音節よりも「モーラ」という概念を重要視するのでますます厄介。
- 「ん」や「っ」が絡むとCVCにもなる…んっ。
- “strength”とか。
- “stocks”とか。