【第2回】架空の言語のためのカジュアル言語学「形」

この記事は、つぁいにゃお氏企画の『the 言語 Advent Calendar 2018』に寄せたものです。

第1回「音」編】12月2日
【第2回「形」編】12月12日 ←今回
●派生派生で大量生産!
●文法は泥沼なので…
●あなたの言語にはどの文字体系?

【第3回「人」編】12月22日

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こんばんは!兎月くみ Kumi Togetsu です。

今回は『the 言語 アドベントカレンダー』の12月9日、創作初心者向け言語学基礎講座の第2回となります。

第1回「音」編はこちらからどうぞ!

 

●派生派生で大量生産!

さて、いよいよ楽しい単語作りに入ります!

とはいえ闇雲に単語を考えていくのは決してスマートな方法ではありません。

ここでは「語幹」と「接辞」という概念に注目して、単語を効率的に沢山生み出す方法を考えていきましょう。

今回も YouTube チャンネル Artifexian の動画(英語)を参照しながら進めていきます。

(労力の少ない単語生成の方法について解説しています)

まずは単語の基礎となる部分、「語幹1」(root) を作ります。
前回の記事で定めた「音素」と「音韻配列」に従い、あとはどんどん想像力を働かせましょう。

動画の Edgar 氏はまず「川」を意味する nam という語幹を決めました。
この段階では、音の響きで何となく2決めてオッケーです。

こうして作った語幹に、様々な「接辞」を付加することにより、関連語彙を派生 (derivation) させていきます。

接辞の付け方には様々な種類がありますが、代表的な物だけ紹介しておきます。
この場合は nam が「語幹」で、太字にしてある部分が「接辞」です。

・接頭辞 (prefix) anam
・接尾辞 (suffix)  nami
・挿入辞 (infix)  naim
・接周辞 (circumfix) anama

動画の中では他にも沢山の接辞が紹介されています。

さて、接辞を付けることで一体何ができるのでしょうか。ここでは大まかに2つの役割を提案します。

1. 別の連想される概念に派生させる

ひとつめは、動画で紹介されているような「連想」に用いるものです。

例えば語幹に -ai という接尾辞を付けると「生き物」、-o という接尾辞を付けると「場所」を意味するといった具合に定めます。Edgar氏の例を引用すると

nam(川)+ -ai(生き物)= namai(魚、水棲生物)
*him(空)+ -ai(生き物)= *himai(鳥)

nam(川)+ -o(場所)=namo(氾濫原、河谷)
*him(空)+ -o(場所)=*himo(宇宙)

といった具合に、どんどん関連する語彙を増やしていくことができます。

特に「人」「場所」「集合」「道具」「指小形3」といったカテゴリを用意しておくと、非常に便利であるとのことです。

2. 文法的な機能として使う

もうひとつは、接辞によって品詞を変えたり、文中での役割を決めることです。
Edgar 氏は英語圏の出身だからか4あまり取り上げていませんでしたが、世界の言語では動詞や形容詞が決まった語尾を持っているケースが多いものです。

日本語の場合、動詞の終止形は -u で、形容詞の終止形は -i で終わります。
ロシア語の場合、動詞の原形は -ть で、形容詞5は -ый または -ой で終わります。

エスペラントは非常に簡潔で
flori(動詞:咲く)/ floro(名詞:花)/ flora(形容詞:花の)
morti(動詞:死ぬ)/ morto(名詞:死)/ morta(形容詞:死んだ)
といった具合に造語されています。

 

●文法は泥沼なので…

無事に単語が出来たら、あとは言語に個性的な文法を与えましょう!

…と言いたいところですが、文法は作者のこだわりの一番の見せどころである一方で、最も難解な部分でもあります。生半可な気持ちで文法を定めると、後々の整合性が取れなくなってしまうなど、どんどん沼へと嵌まっていきます。

なので初心者6はまず、英語のような見知った文法、あるいはエスペラントのような比較的単純7な文法をベースにしたルール作りをすることを強くお勧めします。

とはいえ何も言及しないわけにはいきません。これから文法8について学習する人は、大まかに下記の3種類の言語タイプを知っておくと便利でしょう。

ただし、どんな言語もそれぞれの要素を多少は兼ね備えているため、あくまで傾向としての分類であることに留意してください。

・孤立語 (analytic language)
主に中国語や、実質的には英語もこのタイプに分けられます。

ある単語の役割が専ら「文中での位置」によって決まり、単語自体の形が変わることはありません。つまり孤立語では「語順」が直接文意に関わる大切な要素ということになります。

● A cat sees my cat with your cat. (英語)
● 一只 猫 和 你的 猫 一起 看 我的 。(中国語)

A cat / sees / my cat.(ある猫が/見る/私の猫を)と
My cat / sees / a cat.(私の猫が/見る/ある猫を)では意味が全く変わる。

・屈折語 (fusional language)
古いタイプのヨーロッパの言語や、アラビア語などがこのタイプです。

単語の語尾などを変化させる9ことによって、「猫が」「猫の」「猫を」といった文中での役割を明示します。変化する語尾の部分も含めて1つの単語として考えますので、切り離すことはしません。

孤立語と違い、単語が自ら役割を示しているため、語順には自由度が生まれます。

● Cattus cum catto tuo cattum meum videt. (ラテン語)
● Koshka vidit moyu koshku s tvoyey koshkoy. (ロシア語)

Koshka / vidit / moyu koshku.(ある猫が/見る/私の猫を)と
Moyu koshku / vidit / koshka.(私の猫を/見る/ある猫が)では文意が変わらない。

・膠着語 (agglutinative language)
日本語やトルコ語、フィンランド語などがこのタイプです。

単語には文中での役割を示す言葉を付けますが、あくまで「付けているだけ」という点10が屈折語とは違います。

もちろん、語順に自由度がある点は屈折語と同様です。

● ある 猫-が 私の 猫-を あなたの 猫-と 一緒に  見る。(日本語)
● Bir kedi kedi-m-i kedi-n-le görür. (トルコ語)

「ある猫が/私の猫を/見る」を
「私の猫を/ある猫が/見る」と並べても文意は変わらない。

(言語のタイプに関する動画ですが、割と専門用語が多く難解です)

(※12/13追記)
こうしたタイプの特徴は、名詞句のみでなく動詞句にも同様に見られます。
例えば「買いたくなかった」と言いたいとき、

孤立語(英語)では…
did not want to buy (過去/否定/望む/不定詞マーカー/買う)
→ 個々の単語を順に並べて表現する。語形は変わっていない。
→ ただし do が did に変化するような例外はある。(屈折語時代の名残り)

このように単語を変化させず、並べることによって意味を作り出しています。

屈折語(ロシア語)では…
nye khotela kupit’ (否定/<ある女性は>望んだ/買うこと)
→ khotela という語尾から「過去・単数・女性」であることまで分かる。(原形 khotet’)
→ kupit’ という原形(不定形)の語尾によって to buy(買うこと)の意味を表す。

ひとつの語尾変化が「様々な情報をまとめて含んでいる」のが屈折語の特徴です。

膠着語(日本語)では…
kaitakunakatta (買う-希望-打消-過去)
→ kau(動詞)に tai(希望)nai(打消)ta(過去)といった助詞や助動詞を合体させる。

屈折語とは異なり「ひとつの意味を持つ語を複数組み合わせる」ことで全体の意味を作り上げます。
このため、屈折語よりも1単語がずっと長くなる傾向があります。

(追記部分ここまで)

***

ちなみに、よく「SVO」なんていうのを目にすると思います。これはその言語の基本的な語順11を示したものです。

英語や中国語は SVO (Subject – Verb – Object) なので、
①主語(~が)②動詞(~する)③目的語(~を)
と並んでいるのをご存知かと思います。”I love you” や “我愛你” です。

一方、日本語やトルコ語は SOV (Subject – Object – Verb) なので、
①主語(~が)②目的語(~を)③動詞(~する)
と並んでいます。

日本人に身近な他言語(英、仏、伊、中など)に SVO が多いので、意外と勘違いしがちなのですが、実は世界で一番用いられているのは日本語と同じ SOV の語順です。

SVO と SOV だけで世界の言語の9割近くを占めています。次いで多いのは VSO と VOS です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Subject%E2%80%93verb%E2%80%93object

 

●あなたの言語にはどの文字体系?

最後に、言語を表記するための文字体系を定めねばなりません。

無難にラテン文字(ローマ字)を用いる場合であっても、ルールは必ず定める必要12がありますよ。

さて、あなたの創作の世界観(誤用…でもない)を存分に表現したいとき、オリジナルの文字体系があれば、ぐっと魅力的なものになることでしょう。

まず知っておくべきは、世界の文字体系が大きくいくつかの種類に分けられるということです。

・アルファベット

ラテン文字に代表される「母音」も「子音」も全て個別に書き表すタイプの文字体系です。基本的には書いてある通りに読めば良い13ので、学習するのも比較的容易となります。また既存の人名・地名や外来語を書き表す際にも便利です。

 

・アブジャド

アラビア文字14などに代表される、母音を書き表さずに「子音のみ」を書くタイプです。母音を表す記号を付けることもありますが、フリガナのようなものであって必須ではありません。母音よりも子音の並び方が意味的に重要な言語ならば、採用する価値はあるでしょう。ただし、見ただけでは読み方がわからない15ため、読解の難易度はかなり高くなります。wktk

 

・アブギダ

インド系の文字などに代表される、子音を表す字をベース16に「母音の要素を書き加える」タイプの文字体系です。字形が複雑になる代わりに、1つの音節を1つの文字のみで書き表せるという利点もあります。

 

・シラバリー(音節文字)

日本語のカナ文字が身近なシラバリーの例です。1つの音節毎に1文字を用いるのはアブギダと似ていますが、それぞれが「固有の字形」で書き表される17点が異なります。日本語のように音節の構造がシンプルかつバリエーションが少ない場合には役立ちますが、それでもかなり字数は多く18なってしまいます。

 

・ロゴグラム(表語文字)

代表的なロゴグラムは漢字です。1つの文字が1つの「単語」を表すもので、主に象形文字から発達した場合が多いです。概念の数だけ文字数があるので、もはや考案するのがライフワークとなるのでは。

(文字体系の紹介や、創作時の注意点などを解説しています)

また、字形を考える際に気を付ける点がいくつかあります。

・その文字はどの方向に書いていくのか(左→右、上→下など)
・その文字は何を使って書くのか(ペン、筆、スタイラス、爪など)
・その文字は何の上に書くのか(紙、木片、石板など)

例えば、石板に彫られることの多いはずの文字が、流れるような草書体ということは無いはずです。
とにかく実際に自分でできる限り再現してみる19のがベストかもしれません。

***

さて、これで言語創作に必要な大まかな流れはお伝えできましたでしょうか。
前回と今回の記事で取り上げた内容を、是非掘り下げてみてください。

次回は「人」と題して、自身のオリジナル言語に更に奥行きを深めるためのお話をしたいと思います。

ではでは!

  1. 枝葉が付いたり、紅葉したり、落葉しても変わらない「幹」のような部分。
  2. フェルディナン・ド・ソシュールは「音と意味に特に関係はない」という「言語の恣意性」について述べているが、実際はそんなこともない。例えば「切る」という言葉は、どの言語でも大抵「カッ!」「ズバッ!」「シュパッ!」といった破裂や摩擦の鋭いイメージの音を用いており、「ポヨン」とか「ムニャモン」とは言わない。
  3. 「小さい〇〇」「〇〇ちゃん」を示す形。必ずしも同一の概念である必要はなく、voda「水」の指小形が vodka「ウォッカ」だったりもする。
  4. 英語では名詞と動詞が同じ形をしているケースが多いため。
  5. 男性単数主格形
  6. 前回の記事同様「特に言語学に明るくない人」の意。
  7. 名詞の性別なし、格は2つ、語順は英語とほぼ同じ。
  8. 特に形態論 (morphology) や統語論 (syntax)、および言語類型論
  9. いわゆる「格変化」がこれにあたる。代表的なものには
    ・主格 (nominative)「~が」
    ・属格 (genitive)「~の」
    ・与格 (dative)「~に」
    ・対格 (accusative)「~を」
    ・奪格 (ablative)「~から」
    などがある。無数にある。格についての Artifexian の動画はこちら
  10. 例えば「猫+が」という部分に「猫+たち+が」あるいは「猫+さえ+も+が」といったように、他の語を挟みこむことも可能。
  11. あくまで基本。語順に自由度がある言語ならば慣習的なものである場合も多い。
  12. 「シュ」/∫/ の音を表すための綴りは sh か sch か sx か sz か š か…といった具合に。
  13. ではなぜ現実世界でおかしな読み方が多いのか。第3回で取り上げる。
  14. アラビア文字は純粋なアブジャドではないが代表例にされがち。
  15. 漢字の「音読み」と「訓読み」のように、文脈や構文に依存するので経験が必要。
  16. インド系文字では、ベース字単体でも /a/ という母音を付けて読まれる。
  17. 例えば「サ・シ・ス・セ・ソ」という文字の中に /s/ を表す共通部品は無い。
  18. ひらがなだけでも50字以上。
  19. まず、石板とノミを入手する。

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