【第3回】架空の言語のためのカジュアル言語学「人」

この記事は、つぁいにゃお氏企画の『the 言語 Advent Calendar 2018』に寄せたものです。

第1回「音」編】12月2日
第2回「形」編】12月12日
【第3回「人」編】12月22日 ←今回
●諸「言」無常の響きあり
●アタシだけのコトバ
●『文字禍』じゃないけど…

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こんばんは!兎月くみ Kumi Togetsu です。

今回は『the 言語 アドベントカレンダー』の12月22日、言語創作初心者向け講座の最終回となります。

この記事では「人」と題して、ひとつの言語における変化や差異について見ていきたいと思います。これらは皆さんの創作言語に圧倒的な奥行きをもたらすことのできる要素になり得るものです。

 

●諸「言」無常の響きあり

あなたが言語を作るとき、まずは共時的な1状態からスタートするはずです。つまり、作品の舞台となる時空間で話されている言語を切り取って、それを考案している2ということです。

しかし、すべては人の所業。実際の言語は日々変化を続けています。途方もない歴史を背負った、極めて通時的な3ものなのです。

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時の流れは、いつの間にか人をも言葉をも変えていきます。2000年前にはフランス語とイタリア語はひとつ4でしたし、8000年前には英語もロシア語もペルシャ語もひとつ5でした。
いやー懐かしいですねー。

言語創作をするときにも、こうした歴史を踏まえることによって、様々な利点があります。
例えば、作中に「古代語」が出てくる場合や、共通の祖先をもつ2つの言語を作る場合に、歴史がしっかり考慮されていると説得力が増すわけです。

ここでは、言語が変化していくいくつかのパターンについて紹介しておきたいと思います。

1.勝手に変わる(内的変化)

歴史的な変化を再現するときには、音や文法など、それぞれの分野について考慮する必要があります。

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まず音の変化について考える場合、第1回で紹介したIPAチャートを参考にすると良いでしょう。言語の音声は「似た音」に簡単に変化してしまいます。それが似た音なのかどうかは、IPAチャートの中で「距離が近い」「同じ列にある」「同じ行にある」といった基準で判断できます。

言語は多くの場合「発音しやすく」変化します。特に、前後の音につられて影響を受け、それに似た音に変化してしまう現象を「同化」(assimilation) と言います。身近な例としては

in(否定) + possible(可能) = impossible(不可能)
→ /n/が唇音の/p/に引きずられ、同じ唇音の/m/になった
in(否定) + regular(規則的) = irregular(不規則)
→ /n/が直後の/r/に引きずられ、同じ/r/になった

のような現象が挙げられます。

母音のチャートを用いて、他の例も見てみましょう。

「ア /a/」という母音と「イ /i/」という母音は、距離が遠いもの同士(赤丸部分)です。遠いので「アイ /ai/」という発音には大きな口の動きを伴います。

IPAチャート (©2018 IPA) の母音部分を抜粋

この面倒な動きを避けようとした結果、元々は「アイ /ai/」という発音だったものが、それぞれの中間にあたる「エ /e/」の母音に置き換わってしまう(緑枠部分)というケースが世界中にあります。

例えば、東日本の方言では「食べない /tabenai/」が「食べねえ /taben/」となりますし、フランス語の maison(家)は「ゾン」、aimer(愛する)は「エメ」と発音されます。

こうした理屈も結構なのですが、やはり何度も何度も自分で反復してみることが大切になってきます。

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文法は発音ほど劇的な変化はしない傾向にありますが、それでも千年スパンでかなりの差が生まれています。

しかし文法は(前回も言いましたが)泥沼なので6、変化パターンのひとつを紹介しておきます。

豊富な語尾変化を持つ「屈折語」は徐々にその特徴を失なっていき、「孤立語」に近づいていく傾向が見られます。(屈折語や孤立語については前記事を参照)

英語を例にすると、約8000年前(印欧祖語)の段階で8つあった名詞の格7は、約2500年前(ゲルマン祖語)では4つ8に減ります。そして現代英語では、3つの格が I / my / me でおなじみの「代名詞」に残るのみとなりました。

その他にも、数え方には諸説ありますが、

印欧祖語:8格 → ラテン語:6格   → フランス語:4格(代名詞のみ)
印欧祖語:8格 → ゲルマン祖語:4格 → ドイツ語:4格(ほぼ冠詞のみ)
印欧祖語:8格 → スラヴ祖語:7格  → ブルガリア語:3格(代名詞のみ)

といった具合に格は失われていく傾向があります。

そうした一方、リトアニア語やポーランド語は、現代でも7つの格9を保持しています。

2.影響されて変わる(言語接触)

言語を変えてしまう大きな要因のひとつに、他言語との接触があります。

近隣地域との交易であったり、異民族による流入や支配など、接触する方法は様々です。

中でも

・西欧におけるラテン語
・中近東におけるアラビア語
・東アジアにおける中国語

などは、どれも古い時代の文化・宗教的な中心地の言語です。その影響下にある周辺地域では、中心地の言語から「単語」や「文字」を借用するというのが、非常にありがちなパターンとなります。

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単語の借用に関しては下記の3パターンを考慮すれば良いでしょう。

①そのままパターン
tsunami, anime, otaku などが英語に導入されているような場合です。若干その言語特有の「訛り」がありますが、基本的には元の単語をそのまま借用することになります。

②音韻を合わせるパターン
英語の desktop を「デスクトップ /desukutoppu/」 として日本語で借用しているような場合です。元の単語をなるべくそのまま借用したいのですが、自言語の音韻体系に合わない10ために、変化させるプロセスを挟みます。

③翻訳してしまうパターン(翻訳借用)
通称「カルク」(Calque) と呼ばれるタイプです。例えば hippo-potamus(川の馬)が「河馬(カバ)」、air-port(空の港)が「空港」となったように、元の単語の構成部品をそれぞれ自言語に翻訳することで借用します。

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ただし、単語をいくら他所から借用しても、自言語の文法の方はそうそう変化しません。

「サーバーからデータダウンロードして、ファイルアイコンダブルクリックした

といった文を考えてみましょう。文のほとんどが英語からの借用語で構成されていますが、一方で文法に関わる助詞や助動詞(太字)のほか、語順そのものは日本語のものが保たれていることがわかると思います。

しかし何事おいても例外があるものです。言語接触によって文法すらも変化してしまうケースは当然あります。興味がある方は「ピジンクレオール」「バルカン言語連合」などを調べてみると面白いかもしれません。

(今回は Langfocus チャンネルより、ピジンとクレオールに関する動画です。日本語字幕あり。)

 

●アタシだけのコトバ

ここまでは通時的な変化について取り上げましたが、共時的な状態であっても、言語のヴァリアントを考案する理由はあります。

言語とは様々な「方言」の集合体です。言語学における「方言」 (dialect) というのは、学校で教わるような規範的な言語から、地域差に至るまで「全ての変種」を指す言葉です。「標準語」の対義語という意味ではありません。

ちなみに「言語」と「方言」を区別する明確な基準はありません11。多くは政治的に決められています。

1.地域による違い

所が変われば言葉も変わるものです。特に山岳地域や島嶼部では、言語や方言が多様になる傾向があります。人や情報の往来が制限されることによって、それぞれの地域で言語がガラパゴス的に変化してしまうからです。

創作をする人はまず「共通語」つまり日本語で言うところの「標準語」を考えるはずです。しかし、そうした規範的な方言というのは、かなり人為的に定められています。

ありがちな例としては「交易のために両者の中間的な方言を定める」ことや「国をまとめるために政府が標準形を制定する12」ことが挙げられます。

このような権威が強いほど言語は均質化し、そうでなければ多様性が保たれがちです。

また、言語というのは「方言連続体」(dialect continuum) を形成します。ある場所を境にガラッと言葉が変わるケースはあまりなく13、町から町へ、段々と話し方が違っていきます。

2.身分による違い

方言には「社会方言」(sociolect) と呼ばれるものもあります。
これは(たとえ同じ地域であっても)身分や職業によって言葉遣いが変わってくるというものです。

王侯貴族、学者、兵士、農民、外来人、異種族…それぞれが属するコミュニティによって、使う語彙や話し方に何らかの特徴があるケースが一般的です。

他にも、日本には「女言葉」「男言葉」という概念があります。ただし特に現代においては、あくまで書き言葉に顕著な表現であって、実際に発話する際の言葉の差は殆ど無いと思います。

ちなみに、これは方言とは関係ないのですが「男性と女性で、用いるべき単語の形が違う」というケースは世界各地で見られます。
特にヨーロッパの大部分やアラブなど「文法性14」(grammatical gender) のある言語においては強制的なものです15

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結局、話者ひとりひとりの受けた教育、就いている職業、社会的な地位、出身地、家族の出身地、友人の職業や出身地、などなど…方言に影響を与える要素は無数に存在するのです。

究極的には全てが「個人方言」(idiolect) という考え方があるように、実際のところ「同じ言語」を話す人間はこの世に二人といないのです。

 

●『文字禍』じゃないけど…

さて、最後になりますが「文字」の影響について触れておきたいと思います。

前述したように、言語というものは時代や地域、話者など様々な要因によって簡単に変化します。しかしながら「書き言葉」(written language) に関しては事情が異なります。

その場限りの「話し言葉」とは違い、文字によって記録されたものは何十年、何百年、時には何千年というスパンで残ります。それらが「正書法」(orthography) として受け入れられ、その規範に従って次々と書物が作られていきます。

そうして一度定まった書き方は、なかなか変えることができません。毎年のように正書法を更新していては理解が困難になりますし、過去の書物を消して書き直すわけにもいかないからです。それゆえ、大きな正書法改革というものは、百年に一度もない16レベルです。

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このようにして起こるのが「書き言葉と話し言葉の乖離」や「綴りと発音の乖離」です。

英語を学んでいて、night や eight の “gh” は一体何者なのかと不満に思ったことが、誰しも多かれ少なかれあるでしょう。あるいは Renault がどうして「ルノー」と読まれるのか疑問に思ったことのある人も多いはずです。

話者の発音が時と共に変化したにもかかわらず、正書法の改定が間に合っていない場合に、こうした「おかしな綴り」は生まれます。

このように古い発音を反映したスペリングは、その言語の歴史を伝える貴重な財産です。綴りが保たれているお陰で、その単語の語源や、他の言語との関係性が明らかになることもあります。

また、変に正書法を変えてしまうと、整合性に問題が生じます。例えば「大」は「だい」なのに、「面」は「めん」ではなく「めん」と書かねばならない…など、かえってルールが複雑化してしまうケースも沢山あります。そのせいで「これは読みずらい」「ちょっと池袋いってくる」のような誤り17も頻繁に発生しています。必ずしも「言文一致」が良いとは限らないのです。

とはいえ、発音と綴りがかけ離れていると、新しくその言語に触れる学習者にとっては困難でしかないというのもまた然り…。うーん。

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さて、これで全3回に及んだ、創作初心者向けの言語学講座は終わりとなります。

このような機会を設けてくれたつぁいにゃお氏に、感謝を申し上げます。

ですが、この連載だけでは伝えきれていない内容ばかりですし、言語学の本当に面白い所までは全くたどり着けていません。私の記事が、皆さんの今後の学習と創作における指針のひとつとなることを願い、締めとさせていただきます。

ではでは、お付き合いありがとうございました!

  1. 特定の瞬間の状態について取り上げること。
  2. 作中の「自然言語」を作る場合を想定している。それが架空の国際補助語や架空の文章語であればまた話は変わってくる。
  3. 時間の流れを考慮に入れて取り上げること。
  4. いわゆるラテン語。
  5. いわゆるインド・ヨーロッパ祖語。
  6. 文法沼にあなたを突き落とす記事はこちら(つぁいにゃお氏)
  7. ・主格(~が)
    ・属格(~の)
    ・与格(~に)
    ・対格(~を)
    ・奪格(~から)
    ・具格(~でもって)
    ・処格(~で)
    ・呼格(~よ)
  8. ・主格(~は)
    ・属格(~の)
    ・与格(~に)
    ・対格(~を)
  9. 奪格以外。
  10. ハワイ語ではMerry ChristmasをMele Kalikimaka(メレ・カリキマカ)と借用している。
  11. 日本語は、津軽弁と薩摩弁では意思疎通が困難であっても1言語としてカウントされている。一方、セルビア語とクロアチア語のように全く意思疎通に問題がないレベルで類似していても、別言語とされているケースもある。
  12. 学校教育、辞書の編纂、全国テレビ放送などもこれにあたる。
  13. 高い山脈などが自然の要害となり、その民族を隔離しているような場合は別。
  14. 男性名詞・女性名詞など、文法的なカテゴリーとしての「性」のこと。生物学的な性とも基本的には一致する。
  15. 例えばロシア語で「私は働いた」と言う場合、
    自分が男性ならば Ya rabotal.
    自分が女性ならば Ya rabotala.
    と語尾を変えねばならない。
  16. 百年も経たない間に文字体系が「アラビア文字」→「ラテン文字」→「キリル文字」→「ラテン文字」と3度変わったウズベク語のような例も当然ある…。
  17. 少なくとも現代の正書法の上では間違っているの意。

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